星田妙見宮 拝殿でのお話

 
2015年3月1日、神道・古神道研究家である土居正明氏とヌーソロジー提唱者の半田広宣氏をゲストに、大型バスで物部ゆかりの地ツアーを行いました。
 
一番のポイントである星田妙見宮では、宮司様のお計らいで拝殿の中で半田さんのヌーソロジー(イデア論)からみた七夕伝説のお話を聞くことができました。
 
ヌーソロジーは当初ヌース理論と呼んでいましたが、理論というには拙速であるとの研究者からの意見があったそうで、ヌーソロジーという呼び方に変えイデア論的な思想で精神と物質の統合理論を構築する試みをしています。
(ヌーソロジー:古代ギリシアの哲学者たちが好んで使っていた言葉であるnoosに英語の接尾辞で「~学」や「~論」を意味するlogyを組み合わせたもの。)

半田氏自身、哲学や素粒子物理学などを研究し、オコツトから伝わってきたものがただの幻聴だったのではないか、と客観的検証を行うスタンスを貫いています。

●2015年3月1日 星田妙見宮 拝殿での半田広宣氏のおはなし

ここ(拝殿)に上がるとドキドキしますね。今日しゃべろうと思っていたことを宮司さんがほとんどお話しされたので、ちょっと焦っていますが(笑)、まずは宮司さんへの自己紹介も兼ねて、僕自身ついての話から始めたいと思います。
 
現在、ヌーソロジーという宇宙論を書籍やネットを通じて展開しています。こういう場所で話していいのかどうかわからないのですが、1989年に冥王星のオコツト(OCOT)という意識存在から交信が入ってきたんですね。今風に言えばチャネリング、昔風に言えば神懸かりのようなことが起きたわけです。
 
それ以来、約7年間にわたって、その存在とのやりとりを日記風に記録していきました。その日記に貯め込んだ情報をもとに新しい霊的宇宙論というものを構築する作業を続けています。
 
このやりとりの中では実にいろいろな質問をしていきました。その中には、さきほど宮司さんがお話しされた妙見さま、北極星ですね。そして北斗七星についての質問もありました。
 
予定ではこのへんの内容をバスの中でお話をすることになっていたので、肝心なメモをバスの中に置いてきてしまったんですが・・・ちょっと話が散漫になってしまうかもしれませんが、記憶を頼りにメモなしで話してみようと思います。
 
昨日のレクチャーでOCOTが語る「ダイジョウシン」という言葉について話をしました。このダイジョウシンは僕の直感では天皇家の即位の儀式である大嘗祭(だいじょうさい)とも深く繋がっているのですが、昨日お話ししたように、もともと大嘗祭というのは、2万6千年に1回起こる或る「ヒトの交替化」という出来事が儀式化されたものである、というのがOCOT情報です。

 
「ヒトの交替化」というのは、簡単に言うと、自己の霊と他者の霊が2度入れ替わることを意味しています。「わたし」と「あなた」が霊的空間で2度巡り会うことによって宇宙が再生を起こす。このことの意味です。OCOT情報の文脈では実はこれが七夕の伝説と関係しています。要するに、先ほど宮司さんからお話があったベガとアルタイルとの逢瀬のことです。
 
ベガは別名、織姫、織女とも呼ばれる星ですよね。織姫の「織る」とは何を織るのかというと、縦糸と横糸を使って宇宙を織るんです。実はこの縦糸と横糸というのが、昨日お話したカタカムナのアマとカムのことと考えられるといいと思います。横糸がアマで、縦糸がカムです。そして、これらの糸とはヌーソロジーの思考では「幅」と「奥行き」ということになります。
この二つの糸を材料にして、意識が文字通り意を織って、自らの世界を織り変えていくわけですね。昨日の言い方をすれば、玉(球)を作(創)って、新しい霊を生み出していくわけです。こうした働きを司っている力が実は宇宙的女としての織姫(ベガ)なんです。
 
そして、その玉とは、昨日のカタカムナのレクチャーでもお話ししたように、最終的にはトキトコロノマリというかたちで「モノ」として出現してきます。つまり、魂(霊)からモノ(物)が作(創)られていくわけです。そして、このモノが出来上がると、そこには牽牛が待っており、織姫はこの「モノ」を牽牛に譲渡します。
 
ここで登場するのがアルタイル=牽牛星の力だと思われるといいでしょう。牽牛というのは「牛を牽く」という意味ですよね。牛というのは、実は古代においては物質の象徴されていたものなんですね。人間が後(ウシ)ろを意識することによってはじめて、ここに霊的な実態としてあったものが物質として固まってくる。
 
要するに、人間が想像的な自我を持つことによって、本来は霊的存在であった「モノ」が、単なる物質として固まってくるのです。牽牛は、その物質=牛(ウシ)を引っぱって行く存在なわけですから、これは中国の十牛図にあるように、物質世界を飼い慣らしていくというとおかしいですが、物質のナゾを解き明かし、人間の文明というものを進化させていく力のことだと考えるといいと思います。これがオコツト情報で言うアルタイルの働きです。
 
しかし、アルタイルの働きがその極限までくると、アルタイルは今度はベガとまた出会う(出逢う)という話になっているんです。OCOT情報はその出逢いの周期を1万3千年としています。これがヌーソロジーが「人間の意識の交替化」という出来事で、物質を飼いならす時代から再び物質を霊化させて縦糸と横糸で物質を織る作業に入るんですね。
 
このプロセスを2回行なうことをOCOTは「ヒトの交替化」と呼びます。
1万3千年が2回ですから、計2万6千年となるわけですね。なぜ2回やるかというと、人間には自己と他者という形で鏡の関係があるからなんです。天皇が大嘗祭において主基殿(すきでん)と悠紀田(ゆきでん)で、2度同じ儀式をやるというのも、この自己と他者の霊的な仕組みに由来している、というのがOCOT情報なんです。
 
このように王の即位の儀式を2度行なうという風習を持った民族は、世界中探しても日本しかありません。大嘗祭において同じ儀式が2度繰り返されるということが慣例になっているということは、古神道の奥義はこの2万6千年の意味合いを知っていた可能性があります。つまり、大嘗祭は神器における「鏡」と「玉」に秘められた宇宙的な真理に起源を持っているということです。
 
一方、ユダヤの王の即位式はどういうものかと言うと、これは聖別式とも呼ばれていて、キリスト教に受け継がれているんですけれども、あれは油をかぶるんですよね。ソロモン王は祭祀であるラビから油をかぶらされて王冠をいだく、という形式になっています。そして、それはもちろん1回しかやりません。まったく違うでしょう儀式のイメージが。その違いを皆さんにも知ってほしいのです。 
 
古代ユダヤ人と日本人が同じ起源を持つなどという話もありますが、古代ユダヤ人と古代日本人は全く違います。皆さんもご存知の通り、古代ユダヤ人たちは渡来人として日本に渡ってきたのですが、そこには二つの系統があったのだと想像して下さい。それは一神教系派か多神教系派かです。そしてこの多神教系派というのが、さきほど宮司さんの話にも出てきていたゾロアスター教やミトラ教の流れを持つ集団だったんです。この集団が古神道のスサノオ神と接合して九州、出雲という風に流れて行ったわけですね。
 
一方、一神教系の集団の方は遅れて入ってきます。彼らは台湾、沖縄、鹿児島というように、南から入ってきた集団です。彼らはスサノオ神ではなくアマテラス神を担ぎます。つまり、ここにニギハヤヒとニニギという天孫降臨の二つのルーツがあるわけですね。このタイムラグはそれぞれ北イスラエル王国の滅亡と南ユダ王国の滅亡のタイムラグと関係しているのではないかと思います。同じユダヤ人たちの王国と言っても、北イスラエルは多神教系で、南ユダは一神教系です。

この二つの流れが、日本の中では伊勢と出雲という形で分かれて、今に至っていると考えるといいのではないかと思います。
 

さて、2013年、式年遷宮が初めて伊勢と出雲(同時に)行われました。
OCOT情報では1989年の時点で、2013年から宇宙の方向が変わる、と伝えていました。この方向の転換を行なうのが「ダイジョウシン」なんです。牽牛と織姫の出会いなんですね。アマツカミとクニツカミの出会いと言ってもいいでしょう。

2万6千年というのは天文学的には地球の歳差周期に当たりますが、これは地球に対して天球面が一周することを意味しています。この回転が反転して現れたのが「1年」と考えるといいと思います。七夕というのは、その意味でこのダイジョウシンにおける宇宙の再生の儀を1年の中に象徴化させたものと言えるのかもしれません。
 
七夕は旧暦の7月7日とされるわけですが、この二つの「7」は七世継ぎの七(ナナ)七(ナナ)が象徴されているわけですけれども、ここで、アルタイルとベガの接点ができるわけです。この接点が昨日お話しした、ダイジョウシンというやつで、北極星のことなんです。
 
「7」は次の階層の「7」の中に「1」として入り込む法則があります。ですから、二つ目の「7」は「13」なります。このシステムを2度繰り返すと意識はダイジョウシンにたどり着くんですけど、実はこの数が実は元素の生成に対応しています。だからダイジョウシンを象徴している元素というのは、原子番号26の鉄だと考えるといいと思います。
 
この鉄の持つ霊力の意味を「次元の中和」というふうにオコツトは言ってきました。「次元の中和」とは宇宙が初期化されることの意味です。星の一生も「鉄」までですよね。それと同じです。
 
そして、さきほど宮司さんに話を聞いてびっくりしたのですが、9世紀頃にこのあたりに隕石が落下したというんですね。巨大な隕石だったようで、 その衝撃で妙見山の大部分が馬蹄形にえぐられ、その地にこの神社が建てられているというのです。そして、その隕石が運んできた隕鉄がここら一体ではたくさん掘り出されて、たたら製鉄が盛んに行なわれていて、実は北斗信仰は鉄と関係が深いんですと。
 
ダイジョウシン-北極星-鉄というのは、そういう形で深い繫がりを持っているんですね。このダイジョウシンとしての北極星を古事記の神様で表すとアメノミナカヌシに当たります。その文脈で言えば、七柱神は北斗七星そのものに当たると考えていいでしょう。
 
(鉄の原子番号は「26」で)「26」は「13+13」で、「13」はさきほどもいったように「7」に縮約されています。そして、この二つの「13」は互いに向きが逆になって(構成されて)いて、7-7=0というように、お互いがお互いを相殺してしまって隠れ七柱神として隠れているんですね。北極星を中心とした北斗七星の回転はこの「相殺」の現れと考えるといいと思います。
 
OCOTは2万6千年を動かしているのが北斗七星で、それは人間の意識を回している、という言い方をしていました。北斗七星はお酌の形をしていますけれども、あの酌で人間の意識の象徴である水をすくったり、払い落としたりしているイメージです。
 
オコツトが言ってきた「ヒトの交替化」の先に真実の人間という世界があります。この2万6千年の営みを何度も繰り返させているような力のことです。この真実の人間の世界のことをOCOTは「オリオン」と呼びます。
そして、実は北極星とオリオン座のベテルギウスという星がつながっていて、オコツト自身はこのベテルギウスのことを「テツ」という名で呼びます。
 
現在、宇宙天文学では、このベテルギウスがすごい勢いで膨張し始めていて、近い将来、爆発するだろう、と言われています。ひょっとすると、それはダイジョウシンにおける変換のサインとなるのかもしれません。2万6千年という一つの宇宙の周期が終わって、新しい2万6千年、次なる新しい宇宙を創造していく力が創りだされてくるということです。
 
このダイジョウシン自体を新生させていく力、その根源的力のことをOCOTは「キン」と呼びます。金の元素のことです。鉄は「金を失う」と書きますよね。この鉄に再び、金の力を吹き込むのです。鉄の原子番号である「26」とはさきほども言ったように、「+13」と「-13」の意味を持っていて、霊的力がプラスマイナスゼロで中和されてて、そこで安定させている力なんです。
 
でもそこからまた次の宇宙を創りだすためには、次なる負荷というか、次なる方向性に力を送り出す意思が必要なんです。その意志というのは、鉄よりももっと深い霊が持っていて、その最深部の意思、最先端の宇宙意思と言ってもいいんだけれども、それが原子番号79番に当たる「金」だというんです。そして、ここがびっくりするところなんですが、その金の精神が、実は日本民族が所持している日本語の精神である、と言うのです。
 
鉄の力で中和されたところから、霊的力の相殺を行なっているところですから物質世界そのものの精神と言っていいでしょう。ここから、新しい霊的創造に向けて精神を目覚めさせる力は金が持っているということです。ということは、現代の物質文明の行き詰まりを超えていく力は日本語の精神を使っている私達に日本人にしかない、ということなんです。「26」が持ったこの2度の交替化を遺伝的な記憶の中に染み込ませているのは日本人しかいないんです。それが天皇の即位の儀式に象徴されているということです。
 
西洋は1回だけですよ。つまり「13」までしか知りません。それはトランブのキングに象徴されています。「13」は一者になってしまって、「12」+「1」という形でそこで止まっちゃうんですよね。それが一神教の精神なんです。トコタチの神は二神いるにもかかわらず、アマノトコタチしか知らないと言っていいでしょう。そこにアマツカミの支配形態というのが生まれています。
 
でも、ほんとうは日本人の霊性は、一神教と多神教というのを二つ調和させる力を持っているんです。それは日本の天皇家の在り方を見れば分かります。天皇家のルーツはたぶん先ほどお話しした南ユダ王国から渡来してきたユダヤ人と原日本人が混じり合ったものでしょう。ここには原日本の精神が働いていたために決して一神教的な態度は取りませんでした。皆さんもご存知でしょう。物部の勢力を全滅させることなく、陰で国を治めてください、という形で出雲に大社系の神社を作らせて、この世は伊勢が治め、あの世は出雲にまかせる、というようにユダヤの多神教系と一体化した原日本の精神を大事にしてきたわけです。
 
キリスト教なんかは自分のところの一神が支配したら、違う神を徹底的に抹殺するでしょ。そういった意味で日本の精神の中には、それこそ七夕で言うならば織姫と彦星の精神を併せ持って、かつ、それらを対称的に見れるような中心としての妙見様、つまり北極星の力が根付いていて、かつ、そこから新たな進化を進めていく「オリオン」という深い深い懐を持っているわけすね。

メモをバスの中に置いてきてしまったために、とりとめのない話になってしまいましたが、僕のイメージの中では、北極星・北斗七星とヌーソロジーの結合のイメージをそういう形で思い描いています。ありがとうございました。

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