SFノベル『Beyond 2013』(2) ―消滅する太陽―

 当時、地球上に存在していたコンピュータのデータ総量がどれほどのものだったのか、詳しい記録は残っていない。ただ、21世紀の始まりの10年間で、人類の知的財産のそのほとんどがデータベース化されていたようだ。ならば、このデスロードの徘徊は、人類史の葬送をも意味していたことになる。
 太陽はあたかもそれらのエネルギーを食料とするかのように、再大規模のフレアーを発生させては、地球上に大量のφ-γ線を放出しつづけた。そして、ある時点から、本当の悪夢が始まった。太陽黒点が異常な勢いで膨張し始めたのである。
 このため、それから3年後には、太陽の輝度は30%ほど減少し、洪水、地震、干ばつ、暴風雨など、およそ、想像できるすべての自然災害が立続けに、それも最大規模で世界各地を来襲した。もちろん、全世界は混乱状態に陥る。飢饉や疫病がいたるところで発生し、さらには、原因不明の皮膚病が流行し、それに冒されて死んでいく人々が後を絶たなくなった。世界中の科学者たちは懸命に対策を練ったが、もはや技術がかなうような相手ではないことは誰の目にも明らかだった。結局、最初のデータ消失事件から10年後には、地球上のほとんどのコンピュータは使用不能になり、世界人口は2/3に激減した。
 もし、この事件が20世紀中に起こっていたならば、人類は確実に破局を迎えていたことだろう。しかし、この21世紀前半に起こった異変は何から何までが、過去のものとは違っていた。人々の反応もその例外ではない。
 身内や知人が死んでいく中で、多くの人間たちは極めて冷静だったのである。いや、それどころか、彼らは、迫り来る死の声を聞くことによって、逆に、生の充実感さえ取り戻していた。
 NOAの記録によれば、大規模な戦闘は一つとして起こらなかったとある。各国の権力者たちが国家主義や民族主義に基づく戦争のスローガンを打ち出しても、下級兵士や国民はそれを拒否し、戦いに応じなかった。世界の至る所で「NO MORE WAR」のプラカードが舞った。
 もっとも天空が黙示録的な異変を起こしている真っ最中に、地上的な戦いに意味を見出せる者など、誰がいよう。さらには、すでにほとんどの武器が電子制御化されていたことも幸いしたかもしれない。兵器に装備されていた電子機器はそのほとんどが使用不能。新たな武器の製造も工場の生産方式がすべてコンピュータ管理によって行われていたため、戦闘機や弾道ロケットなどの大量殺戮兵器は生産不能に陥っていたのだ。

 もちろん、食料を求めた暴動や騒乱は多発した。しかし、これらの小規模な戦闘は、民間で組織された自衛共同体とNGOが協力し合い、小火器類を用いて沈静化させた。これ以降、誰もが国家という存在の無意味さを感じ取り、世界中の政治体制は大きく変わった。それから数年後には、世界は20世紀半ばの経済規模を雛形に、フロー型の調整経済に移行することになる。フロー型の調整経済とは、人間の経済活動をも生態系の中に組み込んで自然の生産体制を試算する経済体制のことである。現在の地球惑星評議会はこのときの経済体制がもとになって設立されたものだ。いわゆるGEU(地球連合政府)の誕生である。

 しかし、年々、光を失っていく太陽の衰弱だけは、誰にも止めることはできなかった。世界中の教会や寺院の鐘が鳴り響く中、黒点領域は、やがて太陽の全表面を覆い尽くすまでに成長し、結果的にすべての光を失った。そのとき、世界中の誰もが世界の終末を、そして、人類の終焉を覚悟した………。そして、そのときである。そのとき、それはやってきた。
 神の奇跡とも呼ぶべき出来事。人類の思惟を遥かに超えた何ものかの意志の徴。伝説の中で語り継がれててきた、あの運命の日が………。当時の人々にとっては、それは、到底、信じられない光景だったに違いない。

続く