魂の浮上

霊的なものが潜在化してしまった状態のことを魂と呼ぶ。だから、だから、魂が自覚されるとその自覚自体が霊になる。霊とは思考するものと思考されるものが一致を見る「実体」のことであり、存在するために他に何者の力も借りないもののことをいう。
 
現在の人間の宇宙観、価値観はこの実体をすべて見ないようにすることで成り立っている。だから、心許なく、脆弱で、いつも不安や恐怖といった否定的感情に振り回されてしまう。OCOT情報はこうした人間の状況を「力が確実化していない状態」という言い方をする。
 
人間のおしゃべりがほとんどが他人の噂話や悪口で占められているのも、ほとんどの人がこうした不安や恐怖に駆り立てられているからであり、他者を否定することによってしか自分の存在を肯定することしかできないからだ。「お前は間違っている――だからオレが正しい」「あんたはブス――だから、わたしは美しい」というように。
 
こうした否定先行型の他者依存というのは単に心理面だけで片付けられることじゃない。空間の見方、時間の見方、物質の見方、言葉の在り方、死生観をはじめ、ありとあらゆる場所に根を張っている。これは言ってみれば、一つの体制なのだ。「人間」という体制、と呼んでいい。この人間という体制の別名が自我である。
 
「自我を超える」とか簡単に口にする人たちがいるが、それはニーチェ風に言うなら、すべての価値の転倒を起こさない限り無理な話なのだ。すべてを手放すことではなく、すべてを解体するのでもなく、すべてを裏返すこと。
これが能動者の身振りというものだろう。
 
この裏返しの行為、実践の中にほんとうの思考というものがある。宇宙を生成させている実体としての思考がある。このほんとうの思考によって姿を現してくるものこそが自我を作り出している「霊」、すなわち真実の自己だ。

真実の自己