宇宙的供犠としてのAI(人工知能)

バイスペイシャル認識から見ると、「空間が3次元である」というのは明らかに認知ミス。3次元認識は自己空間が他者空間を取り込み、奥行きが幅化した結果として生まれているもの。表象(物の見え)もそれによって確実化してる。延長的時間は奥行きの同一化(横からの視線)が生み出す(下図上)。
 
奥行きと幅のこうした合成を行っている場所が複素数で表現される素粒子空間と考えないといけない。ヌーソロジーが人間の「いる(持続を持つという意味)」場所は素粒子空間と言っているのもそういう意味から。
 
現在の人間の空間認識は自他双方が、このf-others-operation(他者-構造)に翻弄され、時空しか見ていない。奥行きでの空間認知が始まれば、見るものと見られるものがもはや分離していない主客一致の思考が可能となり、それは宇宙そのものの思考となって、物質をその内側から食い破っていく。
 
もう、ハッキリしてきたことと思うけど、自己存在と他者存在とは奥行きと幅の異名であり、また、持続と延長の異名でもあるということ。スピノザ風に言うなら、神における二つの属性そのものだということ。ヌーソロジーでいうところの「対化」というヤツだ。
 
存在に溶け込んで思考する思考方法というものがあるんだよ。

………………………
 
幅(延長)に隠蔽されているこの奥行き(持続)は、「死」と言い換えてもいい。資本主義の欲望が脱コード化/再コード化の反復を繰り返し、ラットホイールを延々と回し続けているのも、f-others-operationが世界に時空という箍を嵌め、この「死」の覚醒を常に先送りにしようとしているからだ(下図下)。
 
今や資本主義機械は現実の虚構化と虚構の現実化によって、双方の境界を解体させ始めている。これはシミュラークル回路の末期症状と言っていい。D=Gはこの機械のあとに「器官なき身体」の到来を予想したが、実際には、ジジェクが揶揄したように、AIに代表される「身体なき器官」が足音を忍ばせている。
 
転倒を宿命づけられた人間がさらに転倒を余儀なくされていく世界。それがAI支配の世界だと考えるといい。その反動として登場してくるのが、時空と決別を果たし、人間を非物体的なものへと変形させていく「奥行きの覚醒者」としてのトランスフォーマーたちの世界だ。
 
AIとは宇宙的供犠だということ。

表象化は他者空間の取り込みによって起こる
ケイブコンパスに見る資本主義機械の位置