5月 25 2022
円心と反環という概念について
ヌーソロジーがいう〈円心〉と〈反環〉とは、4次元認識と3次元認識のもととなる持続空間の幾何学的関係のことをいう。〈円心〉には3次元の内部と外部の対称性が見えているが、〈反環〉には見えない。〈円心〉は観察位置が無限遠点(4次元)に移動したときに顕在化する。下図参照。
この図から、観察位置が3次元に落ちている原因の一つがすぐに分かると思う。それは自己が自分を他者と同類の存在と見做し、自分を肉体的存在として3次元の中に固定してしまうからだ。それは4次元の位置を3次元に投影していることになる。見えているものの中に自分を投げ込んでいるということ。
観察位置の3次元へのこの投げ込みは量子力学においては波動関数の崩壊として現れる。非定常状態から定常状態への遷移だろう。つまり、意識が3次元的位置を決定するには観測者自らも3次元に落ちて、一つの対象に対する持続空間を規定する必要があるということだ。
この図からも分かるように、自己存在について思考を行うときは空間的(対象的=3次元的)に思考するのではなく、時間的(実存的=4次元的)に思考しなければならない。下の図で言えば、時間軸tと持続軸itに沿って自己意識の成り立ちを考える必要があるということだ。
自然は対象ではない。観察する人間を含んでいる。そうした自然本来の存在感覚を呼び戻すためにも4次元認識が必要であり、それは言い換えれば、死(持続=アイオーン)を自己の本拠地にして世界の成り立ちを一から思考し直すという意味でもある。
量子力学が提示している空間構造もそういう観点を通して、死を超えた自己知のための学問として捉え直されるべきだと考える。ヌーソロジーがやっている作業とはそういうものだ。
7月 21 2022
ヌーソロジー研究所の野望
現在の私たちの空間認識の歪みによる主な症状BIG3
1.宇宙は物質でできているという思い込み
2.私とはこの肉体であるという思い込み
3.死ねばすべてが消え去るという思い込み
これらは間違いなく一過性の症状。治療が必要。
これらの症状の発生源は私たちが客観空間を先行させていることにある。主観はそこでは単なる従属物になってしまっている。しかし、「意識のハードプロブレム」からもわかるように、客観空間から主観空間に行くことはできない。言い換えるなら、物質から意識が生まれることは原理的にありえないということ。だから本当は、主観から客観の構成へと向かう道筋が正常。フッサールの現象学がそれに挑んだのだけど、未だ道半ば。
現象学の残念なところは、客観空間のイメージを引きずったまま主観について考えてしまったこと。キネステーゼ(運動感覚)なんかはその代表例。そのために、物の超越論的構成に入ることができなかった。物の生成が込みでないと、客観空間の先構成的な場に入ることはできない。
何が問題だったのか——要は主観空間に4次元(持続空間)の要素を見て取れなかったこと。これに尽きると思う。
4次元の位置から還元を行えば、私たちは物質とともに現出してくる客観空間の先構成的な場へと出ることができる。というのも、物質の根底的な場自体が4次元で成り立っているから。
この4次元空間を通した還元によって初めて、外なる客観世界は、内なる主観世界から生成された場所となり、見るものと見られるものの分離のない、本来の正常な世界へと戻ることができる。
「主観空間に4次元の要素を見る」とは、主観空間をモニターとして見るということだよ。主体を3次元から出さないとダメ。
この4次元的な現象学的還元のルートを補完してくれているのが、量子力学に見られるミクロ世界の空間構造。全部つながっているんだね。また、そのように考えるのがヌーソロジー。
今から、ヌーソロジー研究所発の研究動画では、この方向を通して見た世界の様相に関する論説がガンガン登場してくると思うよ。最初はフィクションのように聞こえるかもしれないけど、その風景がどんどん鮮明になってくれば、もはや誰も疑えないという状況になってくるかもしれないね。10年後ぐらいにはそうしたいなぁ。
By kohsen • 01_ヌーソロジー • 0 • Tags: フッサール, 量子力学