【ヌースの基本概念】人間の外面・内面とその役割

前回はヌーソロジーの初っ端に出てくる「人間の外面・内面」という概念を幾何学的に解説して、それを複素空間と結びつけて話したわけだけど、今日は、それぞれの空間が意識の中でどういう役割をしているのか、そのことについて少し話しておくね。
 
前回挙げた図からも、人間の外面が見る空間、人間の内面が見られる空間になっているのはすぐに分かると思うんだけど、まずは、「ものが見える」ということについて、この二つの空間を通して考えることが必要。
 
人間の内面は奥行きが幅化しているので、そこには実は瞬間しかない。一方、人間の外面の方は純粋な奥行きなので、そこには持続しかなく、現在という瞬間性はない。
 
ここまではいいかな?
 
実は、「ものが見える」という出来事は、この二つの空間の接点で起こっているということ。
  
禅の言葉に隻手の音声(セキシュノオンジョウ)というのがあるよね。両手をポン!と叩いて、さて、どっちの手が鳴ったか?―というアレ。
 
ものが見えるという状況もこれと同じで、ものの見えが継起している瞬間的な現在と、その現在が過ぎ去っても、それを記憶として支えている持続がないと、「見える」という認識は成り立たないってこと。
 
今も、そういうカタチで君の目の前の風景は成立している。
 
まずはこのことを強く意識してみてね。
 
そうすると、「見られる幅の空間」が瞬間を提供し、「見る奥行きの空間」が持続を提供していると言っていることの意味が次第に、実際の感覚として立ち上がってくると思うよ。
 
これがOCOTのいう付帯質と精神の基本的な関係だね。
 
付帯質(幅)で覆われた3次元世界のことをなぜOCOTが「無の力」と言ってるかが、分かるよね。そこには瞬間しかないんだよ。
 
でも、僕らが普通「物質」と呼んでいるものは、3次元世界の中にあると思われているよね。
 
そういう世界で、物質なんてものが存在できるかい?
 
このへんのところ、よ~く、考えてね。
 
ホント、今の物質的世界観ってのはムチャクチャなの。

人間の外面と内面の意識における働き