6月 22 2005
ソレルズのエコー
昨日、NHKの衛星放送で「ストリート・オブ・ファイヤー」という青春映画をやっていた。この映画、まぁ、映画としてはとても一級と呼べる作品ではないのだが、音楽をライ・クーダーが担当していたということで公開当時はかなりわたしのお気に入りだった。中でも楽曲的に優れていたのは映画の中でソレルズという黒人コーラスグループが歌う「あなたを夢見て」という曲(実際にはダン・ハートマンの曲。)。ソレルズがこの曲をパフォーマンスするシーンは全盛期のミラクルズやテンプテーションズも真っ青なぐらい本当にいかしていた。久々に観てまた感動を覚えてしまったのであった。
しかし………ここからが本題。実をいうと、この映画にはわたしの遅かりし青春時代の切なきノスタルジーも覆い被さっている。なぜなら、この映画は、当時、わたしが死ぬほど恋い焦がれていた女性との初デートで観に行った映画だったからだ。とはいえ、付き合い始めて間もなくわたしは例のチャネリング騒動に巻き込まれ、精神病院に叩き込まれるハメになる。もちろん、この恋の結末は無惨な物であった。別に彼女が悪いというのではない。気違いのレッテルを貼られ、社会的に去勢された男には、もう一人前に女は口説けない………。そうした愚かな幻想に当時のわたしは支配されてしまったのだ。結果、手も握ることなく、キスもせず、もちろんセックスの関係もないまま、彼女は思い出の人となっていく。ただ、ありあまる恋愛と性愛の欲望の残滓だけが、わたしの過去の記憶全体を薄い皮膜で包むかのようにして、今でも霞のように漂っていることは素直に認めなければならない。ソレルズを久々に観た感動にも恥ずかしながら告白すると、その薄いヴェールがかかっていたのだ。
人生、人それぞれに様々な恋愛体験をする。成就する恋もあれば、破局する恋もあれば、最初から成就不可能な恋もあるだろう。しかし、それらに一体何の違いがあるというのだろう。恋愛体験において最も大事なことは、耳を澄まして、わたしへの呼びかけの声を聞き取ることではないのか。そして、その声に応答すること。もちろん、そのときどきの特定の相手の仕草や身振り、表情、まなざし、声が孕む魅惑的なエロスの香りに浸ることも重要だ。だが、しかし、そうしたものにはいずれ倦怠がやってくる。「わたし」を引きつけて止まない磁力の本質はその奥にある、存在からの呼びかけの声なのである。この声はナルシスが決して聞こうとしなかったエコーの声そのものだ。エコー………反響。失恋においても、恋愛の成就においても、このエコーは絶えずなり響いている。このエコーを口説き落とした者だけが真の結婚を遂げられる。世界には女も男も一人しかいない。だからこそ、わたしたちは愛の物語を共有できるのだ。………と強がりを言っておこう。
I Can Dream About You〜♪
6月 29 2005
射影幾何学入門
博多のジュンク堂で数学書のコーナーを見て回っていたら「射影幾何学入門」という本を見つけた。今時、射影幾何学などいった分野は流行らないのだろう、書棚の隅にポツンと一冊だけ孤立したかのように置いてあった。わたしの中では、最近、視野空間がマイブームなので、何かの役に立つのではないかと思い、手に取ってみることに。
ページをめくってみてビックリ仰天。まず、いきなり出足の章のタイトルが「古代エジプトと幾何学的精神」ときた。そして、文章自体が明らかに数学書のそれではない。カルシウムがサル(塩)的な力を持つとか、天秤座は黄道12宮の中で唯一、無機物であるとか、極めて錬金術的なインスピレーションに富んだ文章がちりばめられているのだ。これって、ほんま、数学書かいな?と訝しがるわたしを差し置いて、この本はイケイケドンドンでガンガン飛ばしてくれる。「ユークリッド的計量は天上的なものの地上化である」「月とは物質、太陽とは精神である」等、アクセル踏みっぱなし。。そして、中盤からは何ひとつ臆することもなくシュタイナー思想が堂々と紹介されているではないか——まさか、数学の専門書のコーナーでシュタイナーに遭遇するとは思ってもみなかったので、思わず、その場で立ち尽くし、生唾をごっくん。ページを次々に読み進んだ。ところが、これが面白い。面白すぎ。
何ぃ〜?射影空間はエーテル的空間で、ユークリッド空間は物質的空間である——だとぉ〜。射影空間においては点と面は双対関係にある——双対射影空間から生まれる双対ユークリッド空間のことをシュタイナーは負のユークリッド空間、もとくはエーテル空間と呼んだ——だとぉ〜。。今までヌース理論の空間論、特にψ1〜ψ2、ψ3〜ψ4という観察子概念の構築の中で考えていた内容とそっくりそのまま同じことが、別の言葉できっちりと定格化され説明づけされているではないか。と言って、この内容はニューエイジを対象とする妖しげな通俗書の類いでもなく、射影直線に始まって、射影平面、射影空間と、数式が苦手な読者にも射影幾何学の醍醐味が分かるように親切丁寧に構成されてもいる。おまけに、植物や動物の形態形成がある程度は射影空間の考え方で説明できること、さらには、プラトン立体に関しても射影幾何学的な見方から野心的な示唆を施したりもしている。こんなスタイルの本、数学書としては初めて読んだ。実に気持ちのいい快著である。
著者の丹波敏雄氏は津田塾大の教授をやっている方らしい。長年、ゲーテ・シュタイナー的自然科学を研究されている御仁だということで至極、納得。この本自体は、20世紀前半にシュタイナー思想をもとに幾何学研究を行っていたG・アダムスやL・エドワードの仕事を通して、射影幾何学の解説を試みることを主眼に置いているようだ。
この著書の中で、丹羽氏は、射影空間を特徴づける公理がユークリッド空間のそれよりも対称性に満ち、単純な形をとっていることから、射影空間は原型的な空間であると断言している。ヌース理論の言葉でいえば、射影空間は外面的であり、ユークリッド空間は内面的であるということだ。その意味で言えば原型的な空間は、感覚そのものを受容する空間であるがゆえに、感覚の対象でなく、理念の対象となる。ヌース理論をよりふくよかな体系に肉付けしていく上で極めて重要な一冊だと感じた。一読をおすすめする。
By kohsen • 06_書籍・雑誌 • 5 • Tags: エーテル, シュタイナー, プラトン立体, ユークリッド, 丹波敏雄