5月 26 2005
イシュタルの夢
最近は会社の帰りに父を病院に見舞いに行くのが日課になっている。早く出してあげたいが、肺の炎症はなかなか快方に向かわない。老いれば自然治癒力も衰える。聞くところによれば、80歳過ぎの肺炎は完治は難しいらしい。病巣が無くならないまま、退院し、また肺炎を再発させる。そうした繰り返しで最後を迎える人も多いという。
父が入院してまだ10日足らずだか、病室で暮らし始めてからというもの、ボケの進行が確実に早くなっているのが分かる。今日も、わたしの顔を見るなり「よー来たなぁ。昨日、東京から帰ってたと?」と訊いてきた。わたしはこの一週間というもの、毎日、病院に足を運んでいる。父は私のことを兄と間違えているのだ。「お父さん、広宣よ。」と答えると、しばらく、キツネにつままれたような顔をして放心状態になった。そのあと「あー、広宣か。」と照れくさそうに微笑んだ。表情の前と後に何の繋がりもない。笑顔の下にのぞいた紫色の歯茎が老いの悲痛さを感じさせた。「昨日も、来たろうが?」と続けると、また、しばらくポカンとしたあと、「分からん。」と言って、TVのナイター中継に見入っていた。
老いることは確かに美しくはない。人は自分がいつまでも若いと思いがちだ。特に若いときはそうである。20代のときなど、自分が年を取るとは知ってはいても、想像することなどできない。それは精神と肉体が調和を保っているからだ。健康な人間に病気の辛さが分からないのと同じで、若者には老いるということがイメージできない。しかし、やがて、自分の中にある自己像と、現実の自己像との間に甚だしいギャップを感じるようになってくる。なんだ、この背中のたるみは?誰だ、この鏡に映っている老けた顔は?ってなもんである。「老い」というのは、まさしくその心身乖離の矛盾なのだ。しかし、老いることが必ずしも悲痛さだけに結びつくとは限らない。
老いは福音である。わたしはそう信じたい。魂は重力の中に生まれ落ち、重力の中で落下し続ける。落下とともに魂は幾枚もの衣服をまといその重さを増していく。言葉、知識、財産、地位……ともすれば、その重みで潰される魂もある。しかし、老いは魂の周囲に一つの大気を生み出す。それは魂の保護膜と言っていいかもしれない。この大気は落下の加速度に抗い、ささやかな摩擦を起こす。このときに発せられる熱が、着膨れした衣服を静かに焼き払っていくのだ。知識を失っていくこと、言葉を失っていくこと、記憶を失っていくこと、そして、知覚を失っていくこと。。。衣服は焼かれても魂だけは残る。そして、魂は重力から解放され、無事、冥界の旅を終える。——老いとは、人間が経験する女神イシュタルの目覚めの夢でもあるのだ。
5月 31 2005
アシュラ・ファウンデーション
一昨日は佐藤くんの「サージウスの死神」出版記念パーティーのために東京に行ってきた。
まだ、東京に出て半年も満たないというのに、佐藤くんには素晴らしい仲間がたくさんできていた。細身の体で気合いの入ったパーカッションプレイを披露してくれた道化師(佐藤君の弟)。その道化師の体にまるでヌバ族の戦士がするようなペインティングを行ったイナズマくん、それから、DJのニッチーくん、迷彩服を着込み舞台監督のようにしてずっとステージを見つめていた前野さん。。アシュラ・ファウンデーションと名付けられた強面手の五人組だが、パーティーは彼らのカラーがよく出ていて、会場はさしずめ60年代後半のアンダーグラウンド・カフェのような雰囲気を醸し出していた。作家としての佐藤君の恩師でもある河村御大も登場。佐藤君の門出を祝うスピーチを披露した。
佐藤くん曰く、「メジャーとは”測り”の意味でもあるんですよ。寸法を取って測かるのがメジャーのやり方。マイナーは測られたいと思っているけど、僕らは違うんです。アンダーグラウンドは測られ得ぬものですから。」
会場にはメジャーの象徴たる講談社の編集者のお歴々も出席していたが、このパーティーをどんな目で見ていたのだろう。わたしは文学の動向には全く詳しくはないが、少なくとも「世界の中心で愛を叫ぶ」などといった作品が幅を利かせているところを見ると、こと創造性に関する業界の将来性はゼロに等しいのではないかと思われる。これに関しては、パーティーに誘った当のS学館O氏も同意見だった。「今の編集者は数字をまず最初に考えている。その時点で物語は死ぬんですよ。僕は何とかビジネスにハートを入れたいと思っているのだけど、佐藤君たちは精神でクリエイトしている。それがすごいし、とても刺激になった。来てよかった。」O氏はパーティーの後、しみじみと語っていた。
佐藤くんが率いるアシュラ・ファウンデーション。メジャーをアンダーグラウンド化することが果たしてできるのか。これから、彼が日本の文学業界(それ以外もありかも)で一暴れするのを是非、見てみたいものだ。もちろん、こっちもアングラならぬビヨングラ(beyond ground)で疾走するつもりだけど。。
By kohsen • 06_書籍・雑誌 • 1 • Tags: 河村悟