赤い靴はやっぱりデンジャラスだというお話

世界の趨勢は “物質的量子化” とも呼んでいいような、正体不明の不透明な領域に突入し始めている。デジタルテクノロジーが生み出す、いわゆる人工知能、VR、AR、ゲノム編集といった次世代テクノロジーによる人間世界の変形のことだ。
 
経済界、産業界は言うまでもなく、行政、教育、医療、文化、娯楽に至るまで、とにかく、社会システムの隅々に至るまで、この量子テクノロジーの侵食が物凄い速度で進んでいっている。
 
まぁ、これらすべてが資本の為せる業と言ってもいいわけだけど、資本というものが社会に一切無関心だということだけは頭に入れておいた方がいい。特に僕ら日本人はフクシマの事故で十分に思い知らされているからね。
 
ドゥルーズ=ガタリ曰く、資本は人間の意識が作り出したものではなく、人間の無意識の欲動が生み出したもの。もし、彼らの言うことが正しければ、この資本の成長をストップさせることができるものなど人間の意識の中には存在していない。宗教? 無理。哲学? 無理。哲学も、もはやデジタルヒューマン派の婢女と化しているしね。
 
良い、悪いは別として、 いずれにしろ、この “物質的量子化” への歩みは、人間を今までとは全く違ったものへと変形していくに違いない。それが時代的なものと言っていいのだろう。
 
しかし、宇宙が “何らかの全体” に自らを回収することは決してない。要は、その反対側に “霊的量子化” という路線もあるはず。まぁ、まだ誰もそのビジョンを作れていないわけだけど。。
 
ヌーソロジーが作りたいのはこの “霊的量子化” 的な人間の変形なわけだね。僕が反時代的と呼んでいるものもこの変形への働きかけのこと。
 
このまま時代的なものへと一方的に呑み込まれていくのではなくて、「オマエは赤いカプセルを飲むのか、青いカプセルを飲むのか」―そういったオルタナティブぐらいは提出してくれよ、ねぇ~、神さま。ってヤツなの。
 
物質的量子化と霊的量子化というのは、垂直性における二つの方向だと思うといい。これらは時の必然として出てきている。ジジェク/ドゥルーズの対比で言うなら、身体なき器官VS器官なき身体のようなもの。どちらも未知という意味で不気味なものではあるわけだけど、どちらがより不気味かは、まぁ、心ある人間なら直感で分かるわさ。
 
一つだけはっきり言えることは、物質的量子化は霊的量子化の反映物だということ。人間の歴史意識は常に反映側が先行する運命にあるので、今の世の中こういう具合になっていっている、と思えばいい。まもなく、霊的量子化の世界も開いてくると思うから、人類の未来を正確に予想したいなら、それからだね。
 
あっちかな~、こっちかな~?
さて、鬼さん、どこでしょう?
絶対に見つからない、とっておきの場所を発見!!
 
赤鬼さんに誘導されるんじゃなくて、逆に誘導してあげないとね。「奥行き」に潜り込んで、グルグルかくれんぼ。こんな感じで時代的なものに対するレジスタンスをやれると最高なんだけどね^^。
 
Catch Me If You Can !!♪
 
SUMETAL曰く………赤い靴は、やっぱりdangerousなんだって。