ヌーソロジーのマクロ宇宙観は科学が生み出した宇宙観とはまったく違う。そこから導き出されてくる帰結は以下のようなもの。
1. 宇宙には太陽系しか存在しない
2. 私たちの見る宇宙には、私たちしか存在しない
3. 他の恒星は太陽の仲間などではない
4. 別の惑星系など存在せず、宇宙人も存在しない
この最後の「宇宙人は存在しない」問題について、「X」に投稿したので、こちらにも転載しておこう。
【宇宙人など存在しない】問題について
「宇宙人はいない」と言うと、まるで前近代的な迷信か、逆に極端な科学原理主義のように聞こえるかもしれません。しかしヌーソロジーが示しているのは、そのどちらでもありません。
むしろそれは、「宇宙の構造そのものが”意識構文”でできている」という、科学をさらに先に進めた立場から言っています。
現代の「科学的常識」は、実は古い信仰を引きずっているんですね。多くの人が信じている「宇宙のどこかに別の文明があるはずだ」という考え方は、一見、科学的な思考に見えますが、その裏には、「意識は物質の副産物である」という、19世紀的な唯物論の残滓が潜んでいます。
ヌーソロジーの世界観からすれば、もはや「唯物論」という言葉すら、時代遅れです。なぜなら、現代物理学の最前線では、“物質の本質は高次元空間にある”ことが明らかになってきているからです。
◉ では、高次元空間とは何か?
ヌーソロジーの視点に立つと、この「高次元」とは単なる数学的な次元のことではありません。それは、人間の意識(とくに無意識)が保持している空間構造の拡張そのものです。
言い換えれば、物質の背後にある高次元空間とは、精神の科学的表現でもあるということです。
精神とはもはや非科学的なものではなく、時空の深部において現れてくる高次構文の幾何学的結晶なんですね。だから、これからの時代、宇宙を真に科学しようとするなら、精神を“空間として”読むしかないのです。
科学が進歩するとは、計測手段や数式が高度化することではありません。それは、「何を空間とみなし、何を存在とみなすか」という前提を問い直すことに他なりません。
ヌーソロジーはその問い直しをやっているようなものです。
これからの時代、真に科学的な宇宙観とは、精神の構造を空間的に読み解くことによって、物質世界を再構文化することなのです。
話を戻しましょう。「宇宙人は存在しない」というのは、狭量な否定ではありません。それは「宇宙とは自己と他者の空間的交差が生成したトポロジーである」という認識に基づく、構文的な必然性です。
他者は自己構文の中でしか現れない。だから、空間の“外側”に何か独立した他者が存在するという考え方そのものが、すでに“精神の構文”を無視した、近代を引きずってきた20世紀の幻想にすぎないのです。
2月 11 2026
物質的宇宙人から卒業しよう
ヌーソロジーのマクロ宇宙観は科学が生み出した宇宙観とはまったく違う。そこから導き出されてくる帰結は以下のようなもの。
1. 宇宙には太陽系しか存在しない
2. 私たちの見る宇宙には、私たちしか存在しない
3. 他の恒星は太陽の仲間などではない
4. 別の惑星系など存在せず、宇宙人も存在しない
この最後の「宇宙人は存在しない」問題について、「X」に投稿したので、こちらにも転載しておこう。
【宇宙人など存在しない】問題について
「宇宙人はいない」と言うと、まるで前近代的な迷信か、逆に極端な科学原理主義のように聞こえるかもしれません。しかしヌーソロジーが示しているのは、そのどちらでもありません。
むしろそれは、「宇宙の構造そのものが”意識構文”でできている」という、科学をさらに先に進めた立場から言っています。
現代の「科学的常識」は、実は古い信仰を引きずっているんですね。多くの人が信じている「宇宙のどこかに別の文明があるはずだ」という考え方は、一見、科学的な思考に見えますが、その裏には、「意識は物質の副産物である」という、19世紀的な唯物論の残滓が潜んでいます。
ヌーソロジーの世界観からすれば、もはや「唯物論」という言葉すら、時代遅れです。なぜなら、現代物理学の最前線では、“物質の本質は高次元空間にある”ことが明らかになってきているからです。
◉ では、高次元空間とは何か?
ヌーソロジーの視点に立つと、この「高次元」とは単なる数学的な次元のことではありません。それは、人間の意識(とくに無意識)が保持している空間構造の拡張そのものです。
言い換えれば、物質の背後にある高次元空間とは、精神の科学的表現でもあるということです。
精神とはもはや非科学的なものではなく、時空の深部において現れてくる高次構文の幾何学的結晶なんですね。だから、これからの時代、宇宙を真に科学しようとするなら、精神を“空間として”読むしかないのです。
科学が進歩するとは、計測手段や数式が高度化することではありません。それは、「何を空間とみなし、何を存在とみなすか」という前提を問い直すことに他なりません。
ヌーソロジーはその問い直しをやっているようなものです。
これからの時代、真に科学的な宇宙観とは、精神の構造を空間的に読み解くことによって、物質世界を再構文化することなのです。
話を戻しましょう。「宇宙人は存在しない」というのは、狭量な否定ではありません。それは「宇宙とは自己と他者の空間的交差が生成したトポロジーである」という認識に基づく、構文的な必然性です。
他者は自己構文の中でしか現れない。だから、空間の“外側”に何か独立した他者が存在するという考え方そのものが、すでに“精神の構文”を無視した、近代を引きずってきた20世紀の幻想にすぎないのです。
By kohsen • 01_ヌーソロジー • 0