iTunes Music Store

iTunes Music Store なるものが日本にもできた。
AOLとAppleが提携してできた楽曲のダウンロードサービスを行う音楽配信システムである。噂には聞いていたが、初めて利用してみると、こりぁ、凄い。凄すぎる。世界20ケ国のストアから、あらゆるジャンルの楽曲をダウンロードできるのだ。日本のストアだけでも10万曲ぐらいのストックはあるのではないか。世界中となると、おそらく数百万曲は軽く超えるだろう。おまけに、このシステムではストック曲全曲について30秒の視聴ができるときたもんだ。もちろん、すべて無料。お恥ずかしい話、昨夜はガっつきまくって大変だった。
無人島で一人ヤモメ暮らしをしていたところに、突如としてミス・ユニバース世界大会のご一行を乗せた船が漂流してきたようなものだ。あれもいいな、これもいいな。いや、あっちの方がうまそうだ。うろうろ、ドキドキ、大忙しの夜となった。昔聞いていたお気に入りのアルバム名、アーティスト名、曲名、頭に浮かんだものは、片っ端から検索して回り、味見をする。そして、特にお気に入りのナンバーは次々にゲット。さすがに日本のショップには60年代〜70年代の洋盤の数は少なかったが、UKやUSAに飛ぶと、あるわ。あるわ、Van Morrison 、The Who、CSN&Y、Doors、Captain Beefheart、Randy Newman、とっくに入手不能とあきらめていた思い出のアルバムがほとんどリストアップされている。うほ、うほ。うひゃ、うひゃ。あへ、あへ、やっていたら、あっというまに朝になってしまっていた。こんなに楽しめちゃっていいんでしょーか、神さま?

 しかし、一夜明けて、冷静に考えてみると、どうもしっくりこない。この配信システムは音楽を滅ぼしにやってきた悪魔ではないかという気がしてきた。音楽もまさに最終構成に入ったということなのか。わたしのようなオヤジ世代が昔懐かしの曲を探し出して狂喜乱舞するツールとしては、このシステムは確かにもってこいだ。しかし、若い世代の連中が最新のヒットナンバーをこの配信網を通して購入するというのはどうもいただけない。ジャケットもナシ。ライナーもナシ。CDショップの雰囲気も味わえない。単なる1クリックが通帳口座から数字の150を引き算し、その引き換えとして君のもとに1曲のデータが5秒で届けられるだけ。そこには交換にまつわる物語も、歌も、詩も、絵柄も、何一つして存在しない。つまり、人間が不在なのだ。

 聞き手側だけの問題ではない。作り手側にしてもいろいろと問題はある。iTunes Music Store では1曲ごとのバラ売りが基本なので、まず第一に、アルバムのコンセプト性に意味が見いだせなくなるだろうし、そうなれば、シングル・ヒット狙いのためのあざとい楽曲でマーケットの質は下落する。いや、それだけではない。すべてシングルで埋め尽くされたマーケットになれば、シングルにも意味はなくなる。A面1曲目なのかB面3曲目なのか、正体がはっきりしない可もない不可もない冗長なジャンク・ミュージックのオンパレード。文学、哲学、絵画、デザイン等、他のジャンルのアートとのつながりも片っ端から切断され、イメージの連鎖も起こらない。そういった無表情で均質な独り言の音楽が、君とマシンをつなぐ一方通行路の中で、続々と増殖し、音楽とともに君も見事、虚勢されていく——はっきり言おう。これは、巨大な懐メロマシン以外の何物でもない。「CDが発売されて10年経ったら、itune music storeの殿堂行き」といったぐらいの扱いの方がいい。若者は音楽の考古学的発掘以外には利用すべきではないな。死ぬぞ。