NOOS LECTURE 2009 VOL.5、無事終了

Dsc_4586

 今年最後のヌースレクチャー。無事、一昨日終了しました。
 参加していただいた皆さんには心より御礼申し上げます。

 今回は今年最後ということもあって、いつもより多くの人が集まってくれた。スタッフ合わせて総勢33名。お世辞にも広いとは言えないアカデメイアのオフィス内は暖房を途中で止めなくてはいけなくなるぐらいの熱気に溢れていた。

 今回のテーマは4次元。まずは『光の箱舟』でも触れた4次元思想について簡単に話した。4次元思想とは19世紀末から20世紀初頭の欧米で流行した思潮で、人間性が持った限界を道徳や倫理といった宗教的な側面からではなく、4次元知覚の獲得というゲシュタルト変換によって突き破ろうとする、まぁ、一種の知性改善運動のようなもののことだ。ヌーソロジーも入口の部分はまさにその手の方法論を踏襲していると言ってよく、4次元の何たるかを考えることから始まる。一通り4次元思想家たちの話を紹介したあと、いよいよヌーソロジーが説く独自の4次元論に突入。

 ヌーソロジーが説く4次元——ヌーソロジーが用いる次元観察子という概念への進入口は3次元空間の反転認識にあるのだが、これは言い換えれば正の4次元と負の4次元の区別を見いだすということと同じ意味だ。正の4次元というのは4次元ユークリッド空間、負の4次元というのは4次元ミンコフスキー空間、すなわち時空のこと。ヌーソロジーのいう人間の外面(主体極)が4次元空間に当たり、人間の内面(客体極)が4次元時空に相当する。4次元時空は空間と時間だから、結局は、反転した空間とは4次元空間に相当することになる。

 それから、この4次元空間と関連する哲学者の思想についての話をしていった。G・ライプニッツ、A・ベルクソン、M・ポンティ。一人当たり1時間とっても時間が足りないくらいのメンツだが、この3人の大御所の思想を1時間強でダイジェストし、ヌーソロジーとどのような関係にあるかについて話した。
 
 最後に、どうして人間の認識が4次元空間ではなく、4次元時空の方に陥っているかについて、ラカンの鏡像段階論を借用しながらその理由について話した。僕らは鏡の中の空間で生きている。物質世界は実は見えない世界で、心の世界が見える世界だ等、いつもの通りヌース節を連発させたのだが、会場に来ていただいた皆さんにうまく伝わったかどうかは前回よりも自信がない(笑)。

 まぁ、今回は哲学的な話が多くて難解だったかもしれない。。ちょっぴり反省。次回はまた趣向を変えて臨みます!!
  それにしても来ていただいている方々の人柄に助けられて、レクチャーも楽しくやれている。重ね重ね感謝の気持ちで一杯である。