フッサール伯父さん

最近、めっきりブログを書かなくなってしまった。
と言ってヌーソロジーの構築作業を怠っているわけではないのよね。来るべき日に備えてシコシコとヌーソロジー体系の補強作業に勤しんでいるのには全く変わりはないのだけど、いかんせん、ツイッターというものが出現してしまった。このツールが何とも便利で「ついついツイッター」「いついつイツッター」という乗りで、ツイッターで現在行っている思考作業のポイントをまとめられてしまうので、ブログにどうも食指が動かないというのが偽らざる実状。

 最近は現象学とヌーソロジーの関係を整理する意味で、現象学中心のお勉強を続けているのだけど、現象学の祖であるフッサール伯父さん(どことなく怒った時のカーネル伯父さんに似ている)には何とも共感してしまう自分がいる、というか、ひょっとしてワシはフッサール伯父さんの出来の悪い霊統ひ孫ではないか、なんて思ったりもする。フッサール伯父さんは人生のその大半を哲学的思考に費やしている。レベルの差は歴然とはしてはいるが、それはわしとて同じ。それも普通の人ならほんの数秒で通過してしまうような知覚の現場を半年ぐらいネチネチと考え続け、あーでもないこーでもないと思案し続けた。そんなどーでもいいようなことになぜそこまで固執するのか——普通の人には全く理解できない。は~い! それもわしと同じ。

 フッサール伯父さんの偏執ぶりはたとえばこんな具合だ。目の前に郵便ポストがあったとしよう。郵便ポストは見る角度によって当然その見え方が違う。正面から見れば口がついているが、後から見ればただの赤い鉄柱に見える。しかし、郵便ポストという認識は、様々な角度から見られたそれらの知覚像の綜合によって意識に構成されることが可能となる——こんなことを春に大学の講義で語り始めたフッサール伯父さんだが、秋になって半年経って教室を覗いて見ると、まだ同じ話を延々と続けていたというからすごい、っていうか、すごすぎ。これもわしと同じ(笑)。

 要はフッサール伯父さんは本来、学生に知識を伝授する講義という場で自分の思考の現場をそのまま垂れ流しにしながら、現象学という素晴らしい学問体系を作り上げていったのではないかと推測されるわけだ(何とこれもわしと同じではないか!!)。著書にしても同様のふしがある。『論理学研究』(1900年)から『ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学』(1937年)に至るまでのフッサール伯父さんの執筆活動で、立論がグラグラと二転三転しているフシがある。つまり、フッサール伯父さんの論立てはお世辞にも論理が一貫しているとは言えない。(しつこいようだが、これもどこかの誰かさんとそっくりだ 笑)。哲学の大先生ともあろうものが、このあいだ言ってたことは間違ってました。ほんとうはこういうことなんです。というのを何回も繰り返していれば、それこそオオカミ少年よろしく学問の世界では信用されなくなるのが当たり前なのだろうがフッサール伯父さんは違う。それでも大哲学者として名を残している。フッサール伯父さんの偉いところは自分の過ちは素直に認めることができる能力の持ち主だったところだ。さらには困っている仲間がいれば喜んで手助けをした。そくな徳の持ち主だからこそ、人々は彼の理論にも真剣に付き合い続けることができたのだと思う。思考者、それも思考の限界で思考し続ける人にとって、フッサール伯父さんはほんとうに勇気づけられる人なんだよね。僕がハイデガーが嫌いなのはフッサール伯父さんにほんとに世話になっておきながら、この恩人を売るような真似をしたところ。別に善だ悪だと騒いでいるわけじゃないけど、哲学の永遠のテーマは他者ではないのか、という意味でハイデガーほど独我論者はいなかったのだろうと思う。もちろん哲学的才能としてはハイデガーに軍配が上がると思うけど、人間性はフッサールの格段上だ。

 立論が二転三転したフッサール伯父さん。でも、この人が挑戦していた作業を思えばこうした二度や三度のボタンの掛け違いなど取るに足らぬ失態にすぎない。(と言って、どさくさにまぎれて陰に自分をも擁護している?)フッサール伯父さんがいたからこそ、ハイデガーやメルロ=ポンティやサルトルやレヴィナスやデリダが登場し、哲学は生き延びて現代思想の潮流を作り上げたとも言えるからだ。ヌーソロジーも原ヌーソロジーの後に続く、新生ヌーソロジストたちが出てきてくれるのを待ちわびているんだよなぁ。いや、将来、必ずそうなる——そうやって、今日もまた郵便ポストの見えについて考えているフッサール伯父さんのできそこない似の自分がいるのであった。