11月 21 2016
遥かなる円環の大地へ
「肉体の中に魂が閉じ込められている」というのがスピリチュアリティの常識だけど、これは逆だと思うな。本当は「魂の中に肉体が閉じ込められている」のではないか。そういう考え方をしないと、魂の解放はとても望めない。というのも、物質という観念を作り上げている力自体が魂だと思うから。
こういうことを最初に言ったのは確かニーチェだったと思う。あまり好きな表現じゃないけど、主人としての魂(今でいう無意識のこと)と奴隷としての肉体ってやつだね。身体を単なる肉体へと物質化させていったのは「魂」に他ならないということ。僕らが意識と呼んでいるものは、その意味で魂に飼いならされた意識でしかない。
物質意識というのはいつも言ってるように時間と空間と共に現れるのだろうから、時間と空間を作っているのも魂なんだと思うよ。ということは、身体を単に物質の塊とみなし機械同然に見立てたり、政治の道具として規律化させたりしているのも、また魂だということになる。
ニーチェの意思を継いだフーコーやドゥルーズが戦った相手も、自我の主人とも呼べるこの魂だった。この魂に退却してもらわない限り、人間は変わらない。OCOTのいう意識戦争とは、こうした内在における戦いのことを言うんだね。
だから、肉体からの解放を望むのではなく、魂からいかにして解放されるか、それを考えていかなくちゃならない。無意識を意識化する(顕在化)とはそういう意味。
シオリちゃんは「素粒子なんて存在してないの」と言ってたけど、素粒子が無意識構造だとするなら、魂という境界を打ち破った認識には確かに素粒子なんてものは見えないだろうね。憎しみの中に映し出されていた原子という存在は、そこでは霊としての元素へと変態を起こしている。
先日行った、男の物質と女の物質という対比もまた同じ。物質を内部から見ることができるようになった能動的諸力にとっては受動的諸力が受け取っている現象世界は自分たちが向かうべきゴールのように見えているはず。そこにほんとうの地球とほんとうの人間がいるんだね。その円環のイメージを再生させないと。
イメージだけでいいんだよ。イメージだけで。世界観をそのように反転させて生きること。
7月 26 2019
「なるもの」の世界と奥行きの思考
3次元的な空間認識で接する物。それらは歴史、社会、政治、経済などの文脈を通して様々な意味を伴って目の前に現れてくる。デュシャン風に言うならレディメイドというやつだ。
物はその意味では人間の無意識のベルトコンベア機構によって生産され続けている加工食品のようなものとも言える。
「あるもの」としての物質―。
「いるもの」としての人間―。
そして、その双方の世界をつなぎ、表相(入力)から表相(出力)に至るまでを統制している無意識の欲望機械。
この機械に回され続けることを私たちは文明の進歩とも呼んできたわけだが、いかんせん、この回路には肝心要の「なるもの(生成)」の領域がどこにも見当たらない。
なるもの・・・世界がこうあるように自らを然らしめた、自然の力。
今の地球環境や人間社会の疲弊も、この「なるもの」の世界の忘却によるところが大きい。霊性、スピリット、存在、差異・・・言い方は人によっていろいろだが、とにかく世界はそのような目には見えないポテンシャルがあってこそ成り立っている。
「なるもの」の世界は「あるもの」と「いるもの」の間に隠れている。文字通りそれは「間(ま)」として活動している。その間がほんとうは「物」なのだ。物が「間」であることが見えなくなると、それは物質と呼ばれるものになる。
ハイデガーが言うように、「物」はその「あらはれ」と共に身を隠す―という存在論的アイロニーがここにはあるわけだ。
ここで、フーコーのように「あるもの」のことを言語-存在(言葉)、「いるもの」のことを光-存在(知覚)と言い換えてもいいかもしれない。
「なるもの」の世界はその意味で言えば、言葉でも知覚でもないものが活動する世界なのだ。だから、「なるもの」に触れるためには、言葉と知覚の「あいだ」に入っていかなくてはならない。
数学的に言うと、それが4次元の世界ということになる。そこでは内と外がねじれ合い、見るものと見られるものは一つとなって、生命の原型力を渦巻かせている。
こうした力が時折、時間のひび割れから漏れ出てきては、物質にアウラを纏わせるのだ。
そして、ここが肝心なところなのだが、そのような世界は決して詩人の夢想の世界というわけではなく、物理的現実として存在している。それが量子場の世界なのだ。
量子をミクロ世界にイメージするのではなく、目の前の空間の中に立ち上げること。
奥行きの思考はそうやって言葉と知覚の「あいだ」の、そのひび割れのなかの静寂へと人間の精神をそっと連れ出す。
By kohsen • 01_ヌーソロジー • 3 • Tags: ハイデガー, フーコー