重みの本質

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「魂の自然な動きはすべて、物質における重力の法則と類似の法則に支配されている。恩寵だけが、そこから除外される。」——シモーヌ・ヴェイユ『重力と恩寵

 重力を供給してくるもの。それはモノである。モノとは一つの重み。そして、われわれはそこに生じる重みに抗うように生きている。大地に立つことも歩行することも話すことも笑うこともセックスすることもすべてが重みへの抗いである。肉体がモノの範疇であるかぎり、僕ら人間の生そのものが重力へのささやかなる抵抗であると言える。

 なぜモノが現れるとそこに重みが発するのか。重みがどこからやってくるのかという問いかけはモノがどこからやってきたのかという問いかけに等しい。空気の重み、水の重み、石の重み、そして金属の重み。こうした様々な重みの元はすべて星からやってきたものだ。モノの故郷はすべて星なのである。

 星にはどこまでの重みを与えることができるかによって幾つかの種族がある。第一の種族は水素とヘリウムまでの重みを与える種族。第二の種族は酸素までの重みを与える種族。第三の種族はマグネシウムまでの重みを与える種族。第四の種族はケイ素まての重みを与える種族。第五の種族は鉄までの重みを与える種族。その先もあるが人間の魂を語るにおいてはこの第五の種族まででこと足りる。星とはいわば天使の痕跡である。重い星ほど存在の高みに位置する天使だ。人間の世界においてはこうした天使世界の高みは物質世界の重みへと変えられている。つまり、重みとは天使と人間とを隔てている距離なのである。

 鉄の塊を持ったとき、身体を覆い尽くすあの重みの感覚。その感覚の中に今のわたしとほんとうのわたしとの距離がある。それはこの地上とあの星々との距離でもあるだろう。この距離は魂の歩行によってしか埋めることはできない。