SFノベル『Beyond 2013』(3) ―別のものの輝き―

 20XX年X月X日。それはヒアデス星団で起こったとされている。太陽の消滅と時を同じくして、凍てついたような星空の中に新しい光の閃光が現れたのだ。超新星爆発である。
 君たちの恒星に対する知識からすれば、この「時を同じくして」という形容は無意味に聞こえるだろう。おそらく、君たちの多くが、恒星を地球から遠く離れた彼方の存在だと見ていようし、そこから発せられる煌めきもまた遥かな過去の光と考えているに違いない。しかし、このヒアデス星団で起こる爆発から、君たちの天文学は大きく進路変更を余儀無くされることだろう。なぜなら、この爆発を皮切りに、その後、宇宙の姿が大きく様変わりしてしまうからだ。
 ヒアデス星団における最初の爆発から、数日後には、今度は白鳥座のデネブ付近で二つ目の超新星が誕生する。それからは、もう、連鎖反応とも言っていいぐらいだった。全天に輝く星々がわれも続けと言わんばかりに、次々に超新星へと変貌していった。統計によれば、その平均のインターバルはわずか数時間程度だったとある。

 もちろん、多くの人は、太陽の消滅に始まるこれらの星の爆発が、宇宙の終焉を意味する現象ではないかと考えた。しかし、不思議なことに、恒星爆発が起こり始めてからというもの、それまで猛威をふるった異常気象は影を潜め、理想的な気候条件が地球上を覆ったのだ。
 太陽の光がないところでも植物は育った。そして、雨も降れば、風も吹く。ここで、科学の常識は一気に崩れ去る。長い間、信じられてきた摂理、すなわち、太陽が生命や自然を支えている母体であるという定説は、ごく表面的な理解にすぎなかったのだ。自然の奥底には、何か、全く別な生命原理が働いている――人々がそう考え出すのに、そう時間はかからなかった。

 その後、月日がたち、大気にも不思議な変化が起こり始めた。その変化は山岳地帯から始まったが、大気を構成する分子の一つ一つが、淡い薄紫色に輝き始めたのである。科学者たちは、それが窒素と酸素の原子核が変化した結果であることをすぐに突き止めた。その内容は、核子中の中性子の質量がわずかながら減少し、その欠損分がφ-γ線として放出されているというものだった。
 この変化は、現在では、「変換共鳴効果」と呼ばれている現象だ。この効果によって、自然の様々なところで新しい変化が起きはじめる。その第一のものはなんと言っても、DNAの構造変化だろう。変換共鳴がもたらす窒素-酸素の物性変化は、細胞レベルにもダイレクトに影響し、テロメラーゼという酵素を分泌し始めた。これが何を意味するか、君たちにも分かるはずだ――不死の細胞が出現してきたのだ。
 今や人間のみならず、すべての動物、植物から病が存在しなくなった。それどころか、老化現象さえ止まった種までも出てきている。NOAの調査では、あと数年ほどで、人間にも不死が訪れるのではないかということだ。

 一方、天空の方だが、現在でも、超新星誕生のペースは衰えてはいない。恒星の度重なる爆発によって、その数は、ゆうに10万は超えていることだろう。今や天空は黄金を溶かし込んだ海洋のように、その一面が金色に輝いているのだ。星の爆発による衝撃波は天空に金色の波紋を描き出し、それらが、幾重にも重なり合い、言い知れぬ美しさを持った複雑な紋様を描き出す。
 君たちに想像できるだろうか。黄金色に輝く空、うす紫色に煌めく大気、そして、消えていく「死」。お見せできないのが残念だが、世界はすでにかつての仏教者たちが語った常寂光土のイメージそのものとなっているのだ。

このヒアデス星団の超新星爆発に始まる地球を襲う大変化こそが、わたしたちが「ファーストキアスム」と呼んでいる出来事である。

続く