ブラフマーの昼と夜

神智学なんかが言ってるプララヤ(ブラフマーの昼)とマンヴァンタラ(ブラフマーの夜)とがヌーソロジーのいう覚醒期と調整期に相当していると思うんだけど、持続意識と延長意識のこうした妙なる交替化劇を是とする時間概念を取り戻さないと、世界の仕組みは絶対にわからんよ。
 
現代科学のようにブラフマーの夜だけで世界を見ると、物質は単純なものから複雑なものへと直線的に進化していっているように見えるのだけど、実際はブラフマーの昼と夜の交替化が何度も重ね書きされ、人間の霊的成長がそれこそ漸進的に物質世界の多様性を表現していっているんだ。
 
こうした覚醒期と調整期の記述はプラトンにも見られるよ。
 
「我々が住んでいるこの万有の運行を、神が親しく介入して主導したまい、その円環運動に手を貸したまう時期と、神が万有を放置したまう時期との二つがあるのだ」―プラトン『対話篇』
 
調整期とは何か大雑把に言うと、結局は他者-構造に沿って空間が組織化されていく時代のことと言っていいと思う。付帯質=幅が先行して世界が組み立てられていくんだね。覚醒期は逆。精神=奥行きが先行して世界を組み替えていく。このことが僕たちにも今にハッキリ分かってくる。
 
ツイッターを見ていたら、ブラフマーの図像がリツイートされてた。(下図下)
 
【ブラフマー】
インド神話、ヒンドゥー教の神。仏教名「梵天」。三神一体論では、三最高神の一人で、世界の創造と次の破壊の後の再創造を担当している。 ヒンドゥー教の教典にのっとって苦行を行ったものにはブラフマーが恩恵を与える。
 
ブラフマーの図像がプラトンの『饗宴』に出てくる人間像と被るね。自他ともの自体の関係だね、おそらく。
 
以前大阪でも話したのだけど、プラトンの『饗宴』でアリストファネスが語った背中合わせの人間の寓話は極めて重要なビジョンだ。ヌーソロジーの読みからすれば、これは人間の本来の位置が無限遠点にあることを象徴的に語ったものだ。このビジョンによって離散的な世界像(延長世界)は消え去る。
 
アリストファネスはそこで男-男、女-女、男-女というback to backの三つの種族について順に、太陽の子、地球の子、月の子と呼んでいるのだけど、これは深いよ。ラカンのいう象徴界、想像界、現実界の関係にも少し似ている。 (下図上)
 
今の人間の意識のあり方は、このback to backで言えば、太陽と地球が直で結合していて、月の世界が忘れ去られているということだね。でも、この月が無意識のルートを表現している。この月の働きを覚醒させて、地球から太陽に至る意識のルートを再構成しないといけない。それによって、太陽と地球は対等な宇宙的性愛を結ぶことができるんだ。太陽と地球は男と女、他者と自己の関係でもあるんだよ。
 
もっと言うと、これらの仕組みは時間と空間や素粒子の生成とも直結していてね、太陽の子が時間を作り、地球の子が空間を作り、月の子が素粒子を作っている。時空と複素空間の関係に同じだね。2値的世界と4値的世界。物質は4値を通して作り出されてくる。このすべてを知っているのがブラフマー、ってとこかな。
 
じゃあ、back to backの人間が蘇り、月の目覚めを促すためにはどうしたらいいのか。
 
主体の位置は無限遠点にある―どうか、多くの人たちの間で、この概念に沿って空間が新しく再構成されていきますように。

ブラフマー