2月 20 2026
目の前に物が見えるとき、そこには必ず「内」と「外」がある。この差異が、物のかたちをつくっている。 内を内包(奥行き)、外を外延(幅)と呼ぶなら、自己は内包に、他者は外延にいる。内包は持続として働き、外延は時間として働く。 今の私たちは、時間が前面に出て、持続は時間に従属している。他者視点化してしまっているからだ。 しかし、本来の宇宙のあり方は、持続が前面に出て、時間の方が従属的なものとなっている。 「人間が物になる」とは、この本来性に戻ることをいう。
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ヌースコーポレーション
半田広宣(ハンダコウセン)
著書 「奥行きの子どもたち」「人類が神を見る日」「光の箱舟」他
2月 20 2026
「人間が”物になる”」とはどういうことか
目の前に物が見えるとき、そこには必ず「内」と「外」がある。この差異が、物のかたちをつくっている。
内を内包(奥行き)、外を外延(幅)と呼ぶなら、自己は内包に、他者は外延にいる。内包は持続として働き、外延は時間として働く。
今の私たちは、時間が前面に出て、持続は時間に従属している。他者視点化してしまっているからだ。
しかし、本来の宇宙のあり方は、持続が前面に出て、時間の方が従属的なものとなっている。
「人間が物になる」とは、この本来性に戻ることをいう。
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