死者となって思考すること

以下のようなメッセージをプロンプトに使用すると、こういう絵が出てきます。ちょっと怖い(笑)。「神秘主義」「生」「死」などといったワードに反応しているんだろうね。

【X】でのツイート
歴史が直線的時間の中に発展してきたとする見方は、時間意識を先手にしていて何とも胡散臭い。時間を一度消し去ったところから、歴史を単に存在者の歴史ではなく、存在史として構成し直す時期に来ていると心の底から感じています。意識においては時間は後にやってくるくるもの。時間の土台に立たないといけない。
時間の土台に立って世界を再考する視座は素粒子構造に隠されています。だから、量子構造を人間の外面に引き寄せて考える必要があるわけだね。見られている空間ではなく、自分自身が射影空間として経験している現実の空間。それは時空ではなく、精神の空間です。

このことは何を意味しているかと言うと、自分という存在をタイムレスな永遠の存在として仮定して、思考を一から練り直せ、という意味です。わかりやすく言うなら、一人の死者として、死と生の関係を思考せよ、ということです。
死と生を分断しているのは、決して人間の生物学的寿命などではないということ。空間認識です。生の空間認識と死の空間認識が今は分断されているだけなんですよ。その接続を4次元認識として見出すことが、これからの人類の課題だと考えています。

超古代や宗教的伝承、神秘学的伝統を想像してみれば分かるでしょう。生と死の境界が存在しなかった時代がかつてはあったかもしれないということ。今は、その後の無意識の変動がそれを隠してしまっている。そのヴェールを剥ぎ取るような思考を復活させましょう。それは不可能なことではないと思います。