3月 17 2026
光速度とは知覚上では射影そのもののことだということが分かります。自己視点における知覚空間には距離はないと考えないといけません。 つまり、他者視点化した世界から自己視点へと戻るということは、「光になる」ということと同じ意味を持つということが分かります。
光速度とは、空間と時間の消失による「射影状態の成立」であり、それこそが観測や意識の瞬間を成立させているのです。 私たちは、あまりにも自分を「時空の中の存在」だと思い込んでいます。
「自分は時間の中に生きている」 「自分は空間の中に存在している」
——私たちは、こうした考え方をまったく疑いません。 それは、あたかも「地面が下にあって、空が上にある」ような、当たり前の感覚。 でも、それって本当ですか?
光の速度に達すると、時計は止まり、空間はゼロになる。
これは何を意味しているのでしょう? それはつまり、時空の中に存在するという感覚が、消滅するということです。 私たちが「光のように見る」そのとき、「自分は時空の中にいる」ではなく、「時空が自分の中に映し出されている」という真逆の視点が立ち上がってきます。
そちらの世界に、そろそろ移動しましょう。 長居は禁物です。
By kohsen • 01_ヌーソロジー • 0
NOOS ACADEMEIA
NOOS ACADEMEIA.SHOP
ヌーソロジーサロン
ヌースコーポレーション
半田広宣(ハンダコウセン)
著書 「奥行きの子どもたち」「人類が神を見る日」「光の箱舟」他
3月 17 2026
光速度について 2
光速度とは知覚上では射影そのもののことだということが分かります。自己視点における知覚空間には距離はないと考えないといけません。
つまり、他者視点化した世界から自己視点へと戻るということは、「光になる」ということと同じ意味を持つということが分かります。
光速度とは、空間と時間の消失による「射影状態の成立」であり、それこそが観測や意識の瞬間を成立させているのです。
私たちは、あまりにも自分を「時空の中の存在」だと思い込んでいます。
「自分は時間の中に生きている」
「自分は空間の中に存在している」
——私たちは、こうした考え方をまったく疑いません。
それは、あたかも「地面が下にあって、空が上にある」ような、当たり前の感覚。
でも、それって本当ですか?
光の速度に達すると、時計は止まり、空間はゼロになる。
これは何を意味しているのでしょう?
それはつまり、時空の中に存在するという感覚が、消滅するということです。
私たちが「光のように見る」そのとき、「自分は時空の中にいる」ではなく、「時空が自分の中に映し出されている」という真逆の視点が立ち上がってきます。
そちらの世界に、そろそろ移動しましょう。
長居は禁物です。
By kohsen • 01_ヌーソロジー • 0