10月 4 2013
Still crazy after all these years
キヒツさんのページを覗いていたら、Paul SimonのAMERICAN TUNEがアップされていた。
70年代半ば頃のPaul Simonはほんとうにいい。個人的には1975年にリリースされた”Still Crazy After All These Years”は今でもたまに聴きたくなる。
70年安保闘争の波が嘘のように引いて行き、時代は一気に消費文化のまっただ中へ。ロックは瞬く間に産業ロックへと様変わりし、ジャズシーンの主流もクロスオーバー、そしてフュージョンへと移り変わって行った。。
僕はといえば、国立駅南口にある「Simon」というカフェバースタイルの店でアルバイトをしていた。客の大半はサーファールックで決めた若者たち。連中の気取った会話に調子を合わせながらも、ささやかなる抵抗として、僕はいつもPaul Simonをターンテーブル載せていた。
Still crazy after all these years——
[youtube id=”jtRt7qO1jrM” align=”center”]
10月 28 2013
Mama Dancing
先日、神戸で行った「ヌーソロジー×シュタイナー」イベントの2次会で、ひょんなことから昔、バンドをやっていた頃の話になった。「ワシの曲にあのトーラスさんが詞を書いた、伝説の曲があるのデス」と威張って言ったら、是非、聞かせて欲しいという人が続出。以前、ブログの方にも上げたのだが、新しい人たちは知らないようなので、恥を忍んで再度アップしておきます。
タイトルは「Mama Dancing」。当時流行っていた10ccの「American Breakfast」に漂う独特のマイナー7thコード感覚の哀愁を、ワシなりによりタイトでPOPな8ビート感覚で表現するというコンセプトで作った曲。最後のギターソロは当時、国立駅付近をうろついていたCharを捕まえて、ツェッペリンの「天国への階段」風にやってくれと頼んだもの。ウソです(笑)
録音は1980年。ジョン・レノンが死んだ年。当時、八王子のボロアパートの隣の部屋同士だったトーラスさん。パチンコで玉砕して一文無しになったワシに、よく手作りのもやし炒めライスを振る舞ってくれたっけなぁ。そんな虐げられた両者の(ってワシだけ?)のルサンチマンをぶちまけるかのように、腐りきった社会に対してプロテストを内向きに表明した(笑)、今となっては若気の至りきわまりない曲です。この5〜6年後に二人をシリウスの雷光が直撃するのですが、そんなことは知る由もありません。。。
何分にも古いカセットテープから拾った音源なので音がよくありませんが、ご容赦を。
Mama Dancing(1979)
(Music by Kohsen Handa、Words by Mitsumaro Ono )
※リンク先で曲が聴けます。
By kohsen • 07_音楽 • 1