我らすべて、空間の申し子なり

——よくよく考えてみれば当たり前のことだ。
時間の流れに対しては、それを帳消しにするものがある。
空間の移動に対しても、それを帳消しにするものがある。
局所的SU(2)ゲージ変換の本質はそこにあり、
そこにおいて「私であること」の源が立ち上がる。
私が住む空間(ハイデガー)の出現だ。
そして、その場所において、
毎瞬、毎瞬、
人生の一コマ一コマが、
スライドのように奥行きの中に刻まれていく。
驚くべきことだ。
目の前の空間そのものの中に、
そのようなカラクリがあるとは。
何を言っているか分かるかい?
なぜ空間の中に素粒子のようなものがあるのか、
その理由について語っているのだよ。
我らすべて、空間の申し子なり。