2月 21 2026
目の前に物が立つ。 その輪郭には、必ず「内」と「外」がある。 奥へ沈む影を内包と呼び、 広がりゆく光を外延と呼ぶなら、 自己たちは内包に息づき、 他者たちは外延に漂う。 内包は、はるか太古から脈打つアイオーン、 終わりなき持続の大河。 外延は、一刻ずつ刃を入れるクロノス、 流れを刻み、かたちを定める時計職人。 今まで、世界はクロノスの帳に覆われ、 アイオーンはその影に従属していた。 私たちが他者たちの目を借りて 自分を感じ取っていたからだ。 だが、生命の宇宙では逆だ。 アイオーンが表に立ち、 クロノスはその従者となる。 「人間が物になる」とは、 その逆転を果たし、 永遠の水面に 再び身を映すこと。 ——そのような翻りが、まもなくやってくる。
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2月 20 2026
目の前に物が見えるとき、そこには必ず「内」と「外」がある。この差異が、物のかたちをつくっている。 内を内包(奥行き)、外を外延(幅)と呼ぶなら、自己は内包に、他者は外延にいる。内包は持続として働き、外延は時間として働く。 今の私たちは、時間が前面に出て、持続は時間に従属している。他者視点化してしまっているからだ。 しかし、本来の宇宙のあり方は、持続が前面に出て、時間の方が従属的なものとなっている。 「人間が物になる」とは、この本来性に戻ることをいう。
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ヌースコーポレーション
半田広宣(ハンダコウセン)
著書 「奥行きの子どもたち」「人類が神を見る日」「光の箱舟」他
2月 21 2026
アイオーンを呼び戻すこと
目の前に物が立つ。
その輪郭には、必ず「内」と「外」がある。
奥へ沈む影を内包と呼び、
広がりゆく光を外延と呼ぶなら、
自己たちは内包に息づき、
他者たちは外延に漂う。
内包は、はるか太古から脈打つアイオーン、
終わりなき持続の大河。
外延は、一刻ずつ刃を入れるクロノス、
流れを刻み、かたちを定める時計職人。
今まで、世界はクロノスの帳に覆われ、
アイオーンはその影に従属していた。
私たちが他者たちの目を借りて
自分を感じ取っていたからだ。
だが、生命の宇宙では逆だ。
アイオーンが表に立ち、
クロノスはその従者となる。
「人間が物になる」とは、
その逆転を果たし、
永遠の水面に
再び身を映すこと。
——そのような翻りが、まもなくやってくる。
By kohsen • 01_ヌーソロジー • 0